長崎地方裁判所 昭和51年(ワ)220号 判決 1979年6月29日
原告
山下久美子
ほか一名
被告
三基興業株式会社
主文
一 被告らは各自原告山下久美子に対し、金一、三四四万七、三六一円及びこれに対する昭和五〇年一〇月二八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告山下久美子のその余の請求及び同山下彦の請求は、いずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自原告山下久美子に対し、金一、七〇〇万六、三九六円及びこれに対する昭和五〇年一〇月二八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告らは各自原告山下彦に対し、金二二万円及びこれに対する昭和五〇年一〇月二八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二請求原因
一 事故の発生
1 日時 昭和四九年一〇月二八日午後六時三八分頃
2 場所 長崎市三芳町一―三五先道路上
3 加害車 普通乗用自動車(長崎五五そ七七〇二)
右運転者 被告田口磐夫
4 被害者 原告ら
5 態様 前記場所の横断歩道を歩行中の原告ら母子に衝突せしめたため、原告久美子は骨盤骨折等の、同彦は左頭骨骨折等の傷害を受けた。
二 事故の結果
原告久美子は、右後頭部、両膝部打撲症、左足部捻挫傷、骨盤骨折、脳震盪症、左股関節中心性脱臼の傷害を受け、昭和四九年一〇月二八日から同五〇年一二月三一日まで入院又は通院治療、同彦は、左前額部、左頭部打撲傷、左頭骨々折、脳震盪症の傷害を受け、昭和四九年一〇月二八日から同年同月三〇日まで入院治療した。
三 責任原因
1 被告田口磐夫は、前記場所で運転中、右場所の横断歩道を横断しようとする原告らの有無を確認しないで、前方注視を怠つた過失による。
2 被告会社は、前記加害車を所有し、これを同会社の運行の用に供していたから、自賠法三条による。
四 損害
前記受傷により原告らは次のとおりの損害を蒙つた。
1 原告久美子
(一) 治療費 金一九二万七、六二四円
(二) 通院交通費 金一万八、六四〇円
(三) 看護費用 金五二万九、五五六円
(四) コルセツト代 金一万三、〇五〇円
(五) 医師、看護婦らへの謝礼 金一万六、〇〇〇円
(六) 入院雑費 金九万四、五〇〇円
(一日五〇〇円の一八九日分)
(七) 託児費・ミルク代 金四万二、八三〇円
原告久美子の傷害入院により、原告彦をその間託児所にあずけ、母乳の代りにミルクを飲ませざるをえなかつた。
(八) 逸失利益 金六七万三、三七一円
原告久美子は、事故直前までは健康で、主婦業に専念していたもので、事故時二六歳の女性であつた。昭和四九年における全国女性労働者の学歴計の年齢平均収入によると、一日金三、二五三円となる。
<省略>
(1) 入院中 金六一万四、八一七円
3,253円×189日=614,817円
(2) 通院中 金五万八、五五四円
3,253円×18日=58,554円
(九) 入・通院による慰謝料 金一二〇万円
事故により重傷を負い、発生日から昭和五〇年五月三日まで一八九日入院し、同年五月四日から、同年一二月三一日まで二四二日中一八日通院治療した。
(一〇) 後遺症による損害
原告久美子は骨盤変形あり、左寛骨臼は骨折し臼蓋部尾側1/2は内側へ回転転位している。骨盤変形のため自然分娩が困難であり、生殖器に著しい障害を残すものとして自動車損害賠償保障法施行令の後遺症九級に該当する。
又左股関節運動制限がある。伸展0、屈曲60°、外転30°、内転20°、伸展(内従30°、外従0)屈曲(内従、外従は全く不能)である。
原告は主婦業を専らとしているが、台所に長く立つていられなく、精一杯三〇分が限度であり、買物、掃除も半分も出来なくなり、疲れては、すぐゴロゴロ寝ている。常に杖がいる。布団の上げ下しは出来ず夫(政幸)にして貰つている。風呂も一人で入れず、用便も洋式でしかできない。右同令の後遺症一〇級の一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すものに該当する。総合すると同令八級と同程度となる。
(一一) 後遺症による慰謝料 金三二〇万円
原告久美子は、昭和二三年八月生れであり、未だ二〇代で後何一〇年も右症状で苦しまなければならず、自然分娩が困難という左骨盤変形が著明で子供を生めない苦痛、左股関節運動制限からくる日常的苦痛、又将来(五〇歳位)股関節人工全置換術をする必要があり、今の家庭生活も始つて数年であり、夫や子供への妻として、母としての行動に重荷を背負う精神的苦痛を慰謝するのに金三二〇万円は少ないくらいである。
(一二) 逸失利益 金一、一五六万七、四二五円
右後遺症八級該当の病状の労働能力喪失率は四五パーセントである。原告久美子は訴提起時二七歳で稼働年数は四〇年あり、その間右後遺症が続くものと考えられる。
その新ホフマン係数は二一・六四三である。
賃金センサス昭和四九年第一巻第一表によれば女子労働者学歴計二五歳~二九歳の収入は月七万七、六〇〇円、年間賞与その他特別給与額は二五万六、五〇〇円である。
(77,600円×12)+256,500=1,187,700円
1,187,700×0.45=534,465円
534,465円×21.643=11,567,425円
(一三) 将来の股関節全置換術費用 金七〇万円
本件事故による左股関節中心性脱臼のため将来原告久美子は股関節全置換術を必要とするものである。年齢五〇歳台が適応可能であり、六〇歳以上が絶対的適応とみなされている。
人工関節の耐久年数により今後適応年齢も若年化すると言われている。
現在の時点で手術をした場合一ケ月間で金七〇万円相当の費用を要する。
今後の物価上昇を考えると右費用は手術時には金七〇万円ではすまされず物価上昇も今後年五パーセント以上はあるものといえるし、中間利息を除する以上の上昇は明白である。
(一四) 損害の填補 金二九三万三、七七〇円
原告久美子は自賠責保険より金八〇万円と、被告より金二一三万三、七七〇円の計金二九三万三、七七〇円の支払いを受けているので損害金一、九九四万一六六円より控除すると原告久美子に対し金一、七〇〇万六、三九六円が損害として現存している。
(一五) 弁護士費用
原告久美子は判決認容額の一割相当を支払うことを約している。
弁護士費用として一〇〇万円はやむをえない原告久美子の支出である。
2 原告彦
(一) 治療費 金四八万二、〇五〇円
(二) 看護費用 金二〇万一四八円
(三) 医者、看護婦、付添人への謝礼 金二万六、九二〇円
(四) 入院雑費 金三万五〇〇円
(一日五〇〇円の六一日分)
(五) 慰謝料 金五〇万円
(六) 弁護士費用 金二二万円
(七) 損害の填補 金一〇八万二、一九八円
(1) 原告彦が自賠責保険及び被告らから支払いを受けた金額は、金一〇八万二、一九八円でその内訳は左のとおりである。
<1> 井石外科入院治療費 金四二万五、六二〇円
<2> 十善会病院入院治療費 金五万六、四三〇円
<3> 入院中の看護費用 金二〇万一四八円
<4> 保険会社よりの仮払金 金二〇万円
<5> 被告会社よりの損害金内払 金二〇万円
第三請求原因に対する認否
一 請求原因一ないし三項の各事実は、いずれも認める。
二 同四項の事実中、慰藉料、逸失利益、将来の股関節全置換術費用、弁護士費用等の損害については争い、その余は認める。
理由
一 請求原因一ないし三項の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 損害について
1 原告久美子の損害
(一) 原告久美子が本件事故の結果、請求原因四項1の(一)ないし(七)の損害、合計金二六四万二、二〇〇円の損害を被つた事実は、当事者間に争いがない。
(二) 逸失利益について
証人江川正、同山下政幸の各証言及び原告久美子の尋問の結果並びに当事者間に争いない事実を総合すれば次の事実を認めることができる。
原告久美子は事故当時二六歳の健康な女子であつたが、本件事故により、右後頭部、両膝部打撲傷、左足部捻挫傷、骨盤骨折、脳震盪症、左股関節中心性脱臼の傷害により井石外科病院(長崎市葉山町一一の五所在)で入院し(昭和四九年一〇月二八日~同五〇年四月八日)、長崎市民病院(長崎市新地町六番三九号所在)で入院(昭和五〇年四月八日~同年五月三日)、通院(昭和五〇年五月四日~同年一二月三一日)治療したが、右受傷による後遺障害として、内側骨盤の寛骨臼の尾側半分が内側の方に折れ込んでいるため、産道が狭く、お産のときの障害が生ずるほか、将来変形性関節症がひん発する可能性もあり、現在杖を使つている状態である。
右事実によれば、原告久美子は事故後、二七歳から六三歳までの三六年間は労働能力の三割五分を喪失したものと推認するのが相当である。
右認定した事実によれば、原告久美子は事故後二〇七日間は労働力を全面的に喪失し、同女が主婦として家事労働に従事し得る右期間、当裁判所に顕著な賃金センサス昭和四九年第一巻第一表による女子労働者の平均賃金年間一一五万四、四〇〇円をもつて家事労働の一年間の得べかりし利益とすべきところ、原告久美子はこれを基準にした一日金三、一六二円の損害を被つたことになる。
そこで、原告が得べかりし利益の総額を一時に請求するについて、事故当時における現在価格を求めると、
3,162円×107=338,334円
1,154,400円×0.35×21.534=8,700,597円
の二口合計金九〇三万八、九三一円となる。
(三) 股関節全置換術費用
成立に争いない甲第一九号証の二及び証人江川正の証言によれば、原告久美子は右手術が必要であり、その費用が金七〇万円を要することが認められる。
(四) 慰謝料
前記(二)で認定した事実に、本件事故の態様、原告の身分等を併わせ考えれば、原告久美子の慰謝料の額は、入通院慰謝料、後遺障害慰謝料で金二五〇万円が相当である。
(五) 弁護士費用
本件訴訟の内容、認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係を有する原告久美子の損害としては金一五〇万円をもつて相当とする。
(六) 損害の填補
原告久美子が、保険会社及び被告会社から、金二九三万三、七七〇円を受領したことは当事者間に争いがない。
(七) そうすると、原告久美子について生じた前記損害合計金一、六三八万一、一三一円から当事者間に争いない金二九三万三、七七〇円を控除した残額金一、三四四万七、三六一円が右原告の請求し得る金額となる。
2 原告彦の損害について
(一) 治療費金四八万二、〇五〇円、看護費用金二〇万一四八円、医者らへの謝礼金二万六、九二〇円、入院雑費金三万五〇〇円等合計金七三万九、六一八円については当事者間に争いがなく、本件事故の態様、原告彦の身分、その他諸般の事情を総合すると右原告の精神的苦痛を慰謝するに足る金額としては、金一〇万円をもつて相当とするところ、原告彦の以上の損害は、金八三万九、六一八円である。
(二) 弁護士費用
本件訴訟の内容、認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係を有する原告彦の損害としては金一〇万円をもつて相当とする。
(三) 損害の填補
原告彦が、保険会社及び被告会社から金一〇八万二、一九八円を受領したことは当事者間に争いがない。
そうすると、原告彦の損害はすべて填補されたことになり、本訴請求は理由がないことに帰する。
三 以上のとおりであるから、原告らの被告らに対する本訴請求中、原告久美子が被告らに対し、金一、三四四万七、三六一円及びこれに対する本件事故の発生の後である昭和五〇年一〇月二八日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は正当として認容できるが、その余の請求及び原告彦の請求は理由がなく棄却を免れない。
よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 砂川淳)